2016年07月29日

「ひきこもり脱出」しませんか?

関東地方も梅雨明け、青空と入道雲がモクモクと湧きあがってます。
夏本番をいよいよ迎えました。

宇奈月自立では恒例の夏期短期合宿が8月8日から12日まで開催されます。

ひきこもり生活「さようなら」と不登校やニート状態から抜け出す、きっかけを作った青年がたくさんいます。
部屋にばっかりいないで、海、山のある大自然体験を通して、友達を作ったり、自信をちょっぴり取り戻すことができますよ。
楽しい生活をすれば、生活リズムも取り戻し、体力向上間違えなしです。

君も、貴女も参加してみませんか?
これから自分か進む道をきっと見つけだすことができますよ。

詳しくは
をご覧ください。
青い空、海、山が待ってますよ!

被害妄想は深渦する(5)はお休みしました。
posted by 牟田武生 at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

被害妄想は深渦する(4)

夏休みといえども、さすがに住宅街の深夜は静かであった。

でも、人影をみると、知っている者でないか、ポケットに忍び込ませてあるカッターナイフを強く握りしめる。


駅の近くにある公園まで中学生の時は15分ほどで着いたのに、道のりは非常に遠く、心臓はバクバク喘ぎながら動いている。

公園の灯りが見えてくると、さらに、恐怖と不安で足が止まり、このまま歩けば、心臓が止まるかもしれないのではという思いとともに、猛烈な吐き気に襲われる。

誰かが見ている、せせら笑っているような声、臆病者と言っている声等の声が聞こえる。

もう限界である。


家族が寝静まった家にもどり自室に入る。安堵感が全身にみなぎる。

カッターナイフを取り出し、刃を見る、血液は付着してない。よかった、人を傷つけなかった。自分も死ななかった。

でも、何か充実感を感じる、3年ぶりに外を歩いた。充実感は軽い疲労感だけではない。恐怖や不安感とこの充実感を満たすための葛藤が始まった。


恐怖感や不安感は自分を知っている者や嘲笑されるであろう恐怖感からくる。おそらくは学校や社会に出て行かれず、同級生の群れから離れた焦りや不安からくる劣等感が自分を支配しているからであろう。そして、なによりも怖いのは、さらに自分は傷つけられ死ぬのではないかという思いである。


歩くと声を掛けられるかもしれない。それなら、自転車を使えば、相手が気がついた時には、走り去っているかもしれない。それなら、大丈夫かもしれない、中学時代に乗っていた自転車まだ乗れるだろうか。


次の日の深夜、自転車に乗って外に出た。ポケットには勿論、カッターナイフと小銭入れが入れてある。できれば、30分程で着くはずの、海に行ってみたい。だだ、ぼんやり、夜の海が見たかった。


先週は海外出張のためお休みしました。


posted by 牟田武生 at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

被害妄想は深渦する(3)

「子どものことは、全てお前に任せてある」と、以前、不登校を持つ父親達は言ったが、彼の父親は違っていた。息子のことを本当に心配し、何とかしてあげたいと思っていた。


彼が不登校になってから、息子には何も言わなかったが担任に電話を掛け、相談に行った。

いじめの有無を聞いたが、本人のいう級友からの無視やしかとは、教師の見ているところでは、起こってないし、他の教師も目撃していない。いじめによる暴力事件や脅しから金銭被害などははっきりとわかるが、無視やしかとは、わかりにくいと話す。


暴力や脅しによる金品を奪うことは、いじめというより傷害事件です。いじめはもっと些細なことから起るのでしょう。しかし、いじめも犯罪ですよね。それが、学校内で起った。加害者は誰なんですかと担任に詰め寄ったが、担任は先ほども言ったが事実確認ができない。さらに、生徒一人ひとりに聞いても何にも言わない。それどころか、彼の被害妄想ではないか、勝手に思い込んでいるのではと言う生徒までいる。


京都、奈良への修学旅行のグループ行動での企画立案、予定表作り、なにも協力しない。皆、部活動で忙しく、それでも時間をやりくりして作り上げた。本当は帰宅部の彼が率先してやってくれれば、助かったのに何もやらず、旅行ではお付きの人のように行動する。


それでも、皆、仲間だと思い非難せずに、彼を庇っていたんです。息子が言っていた「自分にも原因があるのではないか」の根拠なのだろう。

それにしても、おかしい、そういう客観的事実があれば、無視やしかとは起るかもしれないと予想出来る筈なのに、担任は目撃してない、そのような情報はないとの一点ばりだった。


中学生はまだ心身ともに未成熟である、誤りも判断ミスも起る。それを、認め、指導し、教育して、一人前の大人にさせるのが、先生や保護者としての大人の役割ではないのか、事実関係だけを重んじ、管理することに終始するやり方は教育ではないのでは・・・。

虚しい想いで、父親は学校を後にした。


その後、父親は担任とは話し合いが、並行線なので、校長への面会を希望したが、担任と意見が同じことを理由に叶わなかった。


学校側の管理能力を責めているのではない。まして、加害者は誰なのか、謝罪してくれと言っているのでもない。ただ、息子の級友や学校への不信感をぬぐい去るヒントが欲しかったにすぎないのに・・・。

息子と同じように無念の気持ちだけが残った。


その当時、息子が言った。「いじめられるのは弱い奴、しかし、いじめ自殺した奴は英雄になり、死ねない奴は虫けら同然になる」と、言った息子の気持ちが、担任との話し合いで少しだけわかったような気がした。

posted by 牟田武生 at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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